公益信託 倫雅美術奨励基金

河北先生のこと

河北先生のこと

足立明男

 実を申しますと、最初に河北先生とのご縁を持てたきっかけは、先般他界した妻がつくってくれました。私どもの長男が生まれたとき、日ごろから敬愛する河北先生のお名前を勝手に頂戴して「倫明」と名付けたのですが、そのことを妻がお手紙に認めて、先生にお知らせしたことが始まりでありました。すると思わず先生からご返事を頂戴し、それから書簡を通じたお付き合いをさせていただくようになり、やがて世田谷・下馬の先生のご自宅に妻と一緒にお訪ねしたこともありました。

 その後、私が山口県で新しく美術館をつくるということで、その直接の担当を命じられた以後は、本当に先生にはお世話になりました。いよいよ美術館設立が間近となり、山口県立美術館の顧問をお願いして地方美術館とはどうあるべきか、とお話しをお伺いするようになって、先生のいくつかの言葉が強く記憶に残っています。まずよく言われたことが「人(他者)が信頼するのは、地(地方、地域)に足がついた人間だ。これからの変革のリーダーはそういう人が担うべきだ」あるいは「これからは東京の美術館の真似事ではダメだ」という言葉でした。美術館は地域の新しい価値観を誘導していく存在にならなければいけない。それは必ずしも人気や大衆の好みに迎合することではない。「地に足がついた」活動のなかから、専門職をしっかり育てていくこと。こうしたニュアンスのことをお伺いしたお話しのなかで、諭されたように覚えています。

 山口県立美術館の開館記念展であった「狩野芳崖展」の開会の際も、山口にお越しいただき、その展覧会に向けての美術館スタッフの調査研究活動、そしてそれらが盛り込まれた展覧会と図録について、率直なお褒めの言葉をいただきました。地方の美術文化を根付かせることを常に願っていた先生が、規模の小さな県で、小さな都市で、山口の美術館が成し遂げようとしていたことを、自らが考えていた地方美術館のあり方のモデルケースとして見ていただいていたことは本当に光栄なことでした。

 倫雅賞を創設される際の、賞のあり方を考える場にも、参加させていただいたことがありますが、この賞がそうした河北先生の強い願いと想いが結実したものだと信じています。

(元山口情報芸術センター長、元山口県立萩美術館・浦上記念館長)

※ご自宅での談話の聞き書きによる  文責:菊屋吉生

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